虚ろな瞳をした母が、聞き取れないほどのか細い声で何かを呟いていた
ワタシには、それがなんと言っているのか聞き取れない
何度か聞き返すが母の様子に変化はなく、不規則に、半ば虚脱したように、うわ言のように、何かをつぶやいていた
すると叔母がやってきて、「おまえの母親は死にたいと、今すぐ死ぬんだと、そう言っているんだよ」と教えてくれた
ワタシは驚き、「そうなのか 本当にそんなつもりなのか」と、母に詰め寄って問うた
母は目に涙を溢れさせながら、何事か意味の解らぬ言葉を切れ切れに呟き、チカラなく頷いた
ワタシは理由を問い、思い当たるフシをいくつか挙げ、「アレが原因なのか、それともコレがそうなのか」と、母を詰問した
母親はワタシの勢いに圧されるかの様に、それらの一々を挙げられるごとに涙をこぼし、何事かを呟き、そして頷いてみせた
そういうやり取りのさなか、玄関のチャイムが鳴り、昨夏に亡くなったハズの婆ちゃんが応対に向かった
玄関での応対を婆ちゃんに任せたワタシは、母が最も反応を示した理由を反芻し、そしてやり場のない怒りを覚えた
「もう、何もかもイヤになったのだ」と言う母に、その心境を招来させたのは、ほかならぬ父とワタシと弟だった
ワタシのこの在りようが、理由のひとつ
もうひとつは、頑ななまでにソレを拒み、拒むだけでなく四六時中陰気臭い顔で母と弟に睨みをきかせ、その思考・言動に圧制を布き続ける父の在りよう
更にその小型版とも言える弟の在りよう
そういった、もはや飛散してしまった家族の、相互に理解しあおうともしない在りようの狭間に置かれ続けた母の、最期の自己主張が「今すぐ死ぬ」というコトバだと言う
うなだれて今にも萎れてしまいそうな母の肩を掴み、無理やりに起こして顔を上げさせた
あいつを許さない
ワタシは母にそう言った
原因をつくったのはワタシだ
だがソレは、いつの日か「このセカイに生まれてきて良かった」と、父と母に心底からの謝意を告げられるようになるための謀反だった
その真意を告げたにもかかわらず、あの男は、そういうワタシの在りようを拒んだ
話し合うコトすらも拒んだ
拒んだ上に、二度とこの家には来てくれるなと叫んだ
この家を、オレが築いたモノを、全てぶち壊しにしたのはおまえだと、靴の紐を結ぶワタシの背中に向かって毒づいた
あれ以来、あの家には行っていない
否
深夜、誰もが寝静まった頃合に、「たまには息抜きでもしておいで」と書いたメモを同封した浜田省吾のライブチケットを、弟のクルマのワイパーに挟んで帰ってきたコトが一度あった
それっきりだ
あの子が、あんな風に頑なに育ってしまったのも、あの男のせいだ
父親の制御下に置かれ、父の思惑からはずれるコトを恐れるように育まれた弟は、言ってみればあの男のロボットだ
否、あの男の劣化版コピーだ
あの男と、あの男の小型版みたいな弟が、四六時中、陰気臭い相貌で家に居座って、お互いに許容しあうコトもなく我を張り合っている
ぶつかり合いそうになると、衝突を避けるために、それぞれの居室へと逃げ込む
脚が不自由な母は、ソコから逃げ出す術もない
そんなモノを家族と呼び、そんなモノを懸命に維持しようと努め、ソコに居続けなければならなかった母が、忍耐と精神の疲弊の果てに「今すぐ死ぬ」と呟く状況に至ったのは当然の帰結だ
ソレを、如何ともする手立てなく、遠くから見ていなければならなかったワタシも同罪だ
だが、あの男だけは、なんとしても殺さなければならないと思った
母と弟を、その呪縛から解き放つためには、なんとしても殺さなければならない
殺意を体中に横溢させ、中学の頃に暴虐の限りを尽くした剛刀・風林火山を再び手にすべく二階の部屋へと向かう
風林火山を手に二階から下りてくる最中、ふと玄関に目をやると、婆ちゃんが寿司屋の出前持ちと揉めている
出前持ちは、金が足りないと言って凄んでいる
婆ちゃんは恐れおののいて、再び金を数えだしたが、怯えているせいかうまく数えられない
1円玉だの5円玉だののヤマから10枚ずつの束をひとつひとつ律儀に作っては10円が5つだの、100円が3つだのと数えている
何度か数えると、また解らなくなってしまうのは、きっとボケの進行が随分と進んでしまったからだろう
あんなに聡明だった婆ちゃんが、こんなになってしまった
そのありさまが余りに傷しく感じられて、風林火山を傍らに置いてワタシも手伝った
よくよく数え終わると、寿司屋のいう値よりも480円ばかり多かった
寿司屋はしどろもどろで、申し訳なさそうにニヤニヤと曖昧な笑みを浮かべていた
風林火山が一閃し、寿司屋の首は玄関脇に転がった
居間に戻ると、相も変わらず陰気臭い表情で父がテーブルについていた
水で薄めたなんとかいう安酒を、こぼれないように、さももったいなさげに、貧乏ったらしくあおっていた
ワタシに気付いたあの男は、まるで汚いモノでも見るかのように一瞥して目を逸らした
それだけで何も言わず、また酒をあおりだした
それで充分だった
母をあのような状況に追い込んでおきながら、その現実からも目を逸らし、酒をあおっているというだけで充分だった
殺すには充分な理由だ
風林火山が再び一閃した
死鏡の枠に閉じ込められたあの男が、粉々になって飛散した
母を振り返った
呆然とした表情でこちらを見る母の、その姿が霞んで白光に包まれていく
全てがホワイトアウトし、そして目が覚めた
コメント
凄まじいですね。画が浮かぶ。
>なな
いぁいぁ、コレは単に夢ですからw
寿司屋も父親も、どうやら未だに御健在のようですw
夢などという「とりとめのないモノ」を、文字に直して再構成してしまうと、なんとなく理屈を後からくっつけたみたいなカンジになってしまいますね;;
夢の中で、これまでに鬱積したフラストレーションを発散してるのかのようにも取れる記事ですケド、本当は、寝起き直後の、あの虚実混交とした感覚を表現してみたかっただけなのかもしれません
自身の心底に潜む怨念というのを濾過して、可能な限り純度の高いモノをに表現しようとするというのは、なかなかにむつかしい作業でありまするな
ともすれば、見た夢なんてすぐに掻き消えちゃうのにそれだけ表現できるのはすごいことだと思う。
寂しくない?
>なな
漱石の夢十夜みたいなカンジになると良かったのだケド、怨念が濾過されてない分、やっぱり駄作なんだょなぁ…{%涙(ヒタヒタ)hdeco%}
見た夢を、可能な限りそのまま記述した作文だってゆうのは確かなコトなんだケド、ソコにちょっぴりでも意味性を付け足しちゃうと、一気に純度が下がってダメになっちゃうんだろうね
生々しい感情に占められてしまっているココロというモノを、一度カラカラの干物みたいに干乾びさせてしまわないと、至純の透明度をもった結晶体は生まれない… そんな気がするなぁ
寂しい?
そりゃ寂しいさ
んでも、自分でそうなるようにした結果だもんね
甘んじて受け入れなきゃと思って、今日もズルズルと生きながらえてるょ
「自分は独りだ」と思ってるほどに、自分は独りではないのだと感じさせられるコトも、ないワケじゃないしね{%うれしい(ルンルン)hdeco%}
ドコかで、まだ誰かと、薄っすらと繋がってるカンジはしているんだ
だから、絶望してしまうほどに寂しくはないかな
奈落の底で恋を歌う中年オカマは、そんな風に漫然と心境を語りつつ、昼食の冷やしうどんをすすっていますw
そっか、わかった。
ななも帰りにコンビニで冷やしうどん買ってかえろ~
ありがとね。
おれなんか薬で無理やり眠らない日は毎回大量殺戮の挙句、ちで染まった手を見て呻く自分の声で目を覚ましますよ ほぼ毎回 俺に仇なす奴は全員ぬっころした。夢の中でね ロビンちゃんはまだでてこねーな 何故か 早く出て来い 待ってるぞ(w
>achillesサマ
キホン的にワタシは、このテの殺伐とした夢はあんまり見ないのですょ
主として「期日になってるのに卒論が終わらない夢」とか、「出処進退に関わるイベントに遅刻してるのにもかかわらず、ソコへの道が分からなくて途方に暮れている夢」とかの、困ってるタイプの夢です
それだけに、こうゆうのを見ちゃうと我がコトながらちょっとショックだったりするので、わざわざ記事にアゲたりしちゃうのでせうね
お互い年も年なのですから、もちょっと安らかな夢を見たいものでアリマスるなw